対称性の破れ

物理

自然界の対称性

自然法則は基本的にはとてもエレガントで、きれいな対称性をもっています。例えば小学校で「道のり=速さ×時間」というのを習いますが、右に進んでも左にすすんでもこの法則は変わりません。同じようにこの世のあらゆる法則は方向によって変わらない(ローレンツ対称性)と私たちは信じています。

他にも自然法則はたくさん「きれいな」対称性がありそうです。例えば、もし仮にこの世界が電気のプラスとマイナスが突然入れ替わってしまった時を想像してください。その場合でも同じ符号(プラス同士やマイナス同士)では反発しあう事も違う符号同士(プラスとマイナス)でひきつけあうことも変わらないでしょう。このように私たちの世界はどうも電荷をひっくり返しても世界が変わらないということで電荷の反転(荷電共役変換)の対称性が保たれているようにみえます。

ところがその自然法則によって形成された私たちの宇宙そのものは複雑に星が分布し、地球には豊かな構造を持った自然があり、とても空間的に対称的とはいえません。もし本当に自然法則が対称で、それによってこの世界が創られたなら、この世界は空間のどの場所からみても点対称な構造になっていそうで、そう思うと無味乾燥な世界しか創れないはずです。そう考えると、なんで突然こんな複雑で面白い世界が創られたのか不思議でワクワクする謎なのです。

反物質が消えた謎

この「宇宙が創られた不思議」は「反物質が消えた謎」という形で問題定をされ、世界中の物理研究者が取り組んでいます。反物質とは、私たちの世界を構成する素粒子に対して質量とスピンが等しく、電荷など正負の属性が逆の反粒子のことです。また、加速器等で高エネルギー実験を行うとそのエネルギーから粒子と反粒子のペアを生成することができ、また粒子と反粒子は衝突するとエネルギーの形になり消滅することが知られています。私たちの世界も宇宙創成時に膨大なエネルギーが粒子と反粒子のペアとして生成され、その粒子がこの宇宙の物質を形作ったと考えられています。 しかし、もしそうだとすると、この世界には粒子と反粒子が同じ数だけ存在することになるので、やがて再度これらが互いに衝突・消滅し何も残らなくなってしまうはずです。ところが、私たちの世界にはなぜか反粒子を全く観測することはできず、粒子だけが観測できるのです。きっとその背後には私たちの知らない自然法則の「対称性の破れ」があると考えられています。  実はすでに先に挙げた電荷の反転については自然法則の中で対称性が一部破れていることが発見されています。私はこの謎を説明できるだけの大きな対称性の破れが自然法則にないか様々な物理実験を通して探索しています。

具体的に取り組んでいる実験

この謎にどう取り組むといいでしょうか。一番シンプルな方針は反粒子系を用意して粒子と比較することです。これはCERNの超低速反陽子ビームラインにおいて、反水素を生成することで水素との物理量の比較を行う実験が進んでいます。2009~2011年にこの実験に取り組んでいました(MUSASHI実験)

反粒子を用意する以外に方法はないでしょうか。反粒子は電荷等の物理量が反転していて、その大きさが等しいと考えられています。であるならば、電荷を完全に入れ替えた世界を実際につくってみて、その世界の物理がどのように違うかを考えてみたらいいのではないでしょうか。このように基本的な対称性に対して、入れ替えを行った世界をつくって現実の世界と比較検証を行う「基本対称性の破れの検証」が世界の様々な研究所で行われています。この基本対称性は「荷電共役対称性(C)」、「空間反転対称性(P)」、「時間反転対称性(T)」の3つに分類することができ、それぞれの対称性やその組み合わせとなる「CP対称性」、「CPT対称性」の検証実験が行われています。 例えば東北大学ではフランシウム原子を用いて、その外殻電子における時間反転対称性の破れに関する検証実験を進めています。(FrEDM実験)