MUSASHI(Monoenergetic Ultra Slow Antiproton Source for High-precision Investigations)グループはCERN(欧州原子核研究機構)のAD(反陽子減速器)において超低速反陽子を用いた実験を行っている国際共同実験グループです。主に反水素の生成および超微細構造間のエネルギー差を測定することを目標として準備を進めています。
素粒子には質量や寿命等の物理量の大きさが等しく、電荷正負が逆の反粒子が存在することが知られています。反粒子は対応する粒子と衝突することで消滅し、質量がエネルギーに変換されて放出されます(対消滅)。この反粒子がいずれもこの世界でほとんど観測されず、実験で用いるためには加速器等が必要になりますが、これはとても不思議な事です。もし本当に物理的な性質が全く同じなら、宇宙が創成された時に生成される粒子の数と反粒子の数は同じになるはずです。その場合このような物質による複雑で豊かな世界は創られなかったでしょう。このことから粒子と反粒子で異なる性質や物理量があるのではないかと考えられます(物質反物質の対称性の破れ)。
ではどのような対称性の破れがあるのでしょうか。近年様々な研究グループが実験的に対称性の破れの検証を行ってきました。C変換(荷電の反転)、P変換(鏡像反転)における対称性は1950年代には破れていることが明らかになっていました。また、これらの積となるCP対称性についても1964年に破れていることが発見されました。ですが、この破れの大きさは宇宙創成を説明するにはまだ不十分と言われており、より大きな対称性の破れの検証が続けられています。
本実験の興味はCPT対称性です。これはCP変換にT変換(時間反転)を組み合わせたものです。CPT対称性が成立している時、粒子と反粒子の質量や磁気モーメントといった物理量の大きさは等しくなければいけません。逆に反粒子の系における物理量を高精度で測定することでCPT対称性の検証を行うことができます。
本グループでターゲットにしているのは反水素です。これは陽子の反物質である反陽子、電子の反物質である陽電子による系で、水素に対応する「反物質」になります。
CERNにはAD(反陽子減速器)とよばれる、超低速半陽子ビームラインがあります。このビームラインから供給される反陽子と線源から得られる陽電子から反水素を合成し、反水素の基底状態における超微細構造分裂(反陽子と陽電子のスピンが平行な状態と反平行な状態のエネルギー差)を測定することが本実験の目標です。2009年においてMUSASHIグループにおいて初めて反水素の合成を確認することができました。今後反水素の合成量を増やし、超微細構造分裂の測定を目指して準備が進められています。